日別アーカイブ: 2010年12月24日

情報流出時代のインターネット選挙(第466回)

今朝の各紙は、「警視庁の内部文書と見られる国際テロの捜査情報がインターネットに流出した事件で、警視庁は23日までに、流出した捜査情報が内部文書である可能性が高いことを認める方針を固めた」(日本経済新聞12月24日朝刊)と報じた。
実際問題として、警視庁が認めようと認めまいと『世間』が認めてしまえばどうにもならない。
ウィキリークスの出現も含めネット社会の情報管理は至難の業である。
ネットと情報についての私の問題意識は『公安情報流出に思う』(11月5日の『ふじいの独り言』)にも書いたので、ぜひ一度ご覧いただきたい。
今後の組織の在り方を考えれば、少なくとも治安や国防にかかわる部門においては『ログの管理』が必至であろう。
すると、第一の問題として治安や国防以外の民生部門にも『ログの管理』が進展し、情報管理の厳格さがますます社会を息苦しくするという問題が生じる。
現代はストレス社会と言われるが、ネット社会は過去の長閑な時代への後戻りを許すことはないことだろう。
第二に、どれだけ情報を管理しても人間社会のことゆえ、100%情報流出を防げるかと言えばそれは無理な話だ。
すると、情報流出自体を逆手にとって、偽情報をまことしやかに流すという常套手段が頻繁に使われる。
つまり、情報そのものが混とんとする社会になるだろう。
何が正しくて、何が間違っているか?
何が正しくて、何が嘘か?
ごく普通の社会生活を営む人には、情報の価値を判別することが不可能になる時代が来る。
中古の日本社会には陰陽師(最も有名なのは安倍晴明)という名の公務員がいて、指の爪を切る日まで教えていた。
いずれ情報の正邪を見分ける「情報判別士」なる職業が誕生しないとも限らず、中古の人々を批評する資格もない。
その問題の中心にある『ネット情報』が、近い将来、選挙運動にも使用される動きである。
信頼を失いつつある政治がインターネット解禁によって信頼を取り戻すのはやはり無理と言わざるを得ない。
政治の世界も偽物の時代へ加速度を増して行く気がしてならないのである。