Monthly Archives: 3月 2010

不正経理調査特別委員会の終焉(第356回)

3月29日、不正経理調査特別委員会が実質的に幕を閉じた。
昨年10月22日に設置されてから約160日間、審査回数は参考人意見聴取を含め15回を数えた。
また、私はこの特別委員会以外でも閉会中の21年9月18日には全員協議会、12月議会の12月7日には一般質問、2月議会の3月8日には予算委員会と三度不正経理問題の質問に立った。
それでも果たして審議は尽くせたのだろうかという不安が残っている。
3月31日に特別委員会の調査報告が議長に提出されるが、その報告書にも明記されている通り、まず第一に審議未了となっている事項がある。
ひとつは警察本部における詳細な調査と職員処分の結果であり、もうひとつは公社等外郭団体の調査結果である。
これらは特別委員会の調査期間が3月末日までとなっていることから審議ができなかった項目である。
また、特別委員会の審査過程で、私が主張はしたものの実際に不正防止にならない可能性のある対処策も散見される。
たとえば、内部通報制度のなかに外部調査員を組み込むことは実現したが、内部窓口も外部調査員も事務局が同一という欠陥もある。
これで果たして内部通報制度が機能するのかどうか。
約160日の審査を通しても、正直なところまだ遣り残し感がある。
その最大の原因は、今回の不正経理が予算書を見ても決算書を見ても、およそ議会に提出されるすべての書類を見ても見破ることができない類の事件だったことである。
本来は、監査委員が発見すべきなのだろうが、それができなかった。われわれ議会が受け取る決算書の監査委員意見は『概ね適正』というものだった。
不正経理は、監査委員が機能しないと解決にはならない。
ところが事務局があるとはいえ、たった4人の監査委員である。
監査対象は本庁ばかりではない。出先機関も膨大にある。
教育委員会だけみても県内各地に教育事務所があり、さらに県内に多数の高等学校などがある。
監査委員がどれほど努力しても出先機関側から見れば10年に一度の監査になりかねない。
むしろ監査に当たったら運が悪かったと言うものであろう。
そこで現実的には内部通報制度など各種防止策の組み合わせでの対処となる。
こうした限界をかかえたなかでの特別委員会の終焉だ。やり残し感はやむをえないものかもしれない。
しかし、実現したものも実現しなかったものあるが、ともかくも現時点で考えられうる防止策はすべて提案した。
微力ながら、今後も不正経理は起こりうるものという観点から行政を監視していきたい。

ハリネズミ防衛論の終焉(第355回)

ニューズウィーク3月31日号は『無人機の「拡散」が生む脅威』に警鐘を鳴らしている。
予想されていることとは言え、安全安心社会からどんどん離れていっている世界の現実がある。
記事によれば、『今ではロシアやインド、パキスタンなど、少なくとも40数カ国が無人機の製造や購入、配備開始』しているという。
そして『イランは武器を搭載できる無人偵察機の生産を始め、中国はアメリカのプレデターとグローバル・ホークのライバルとなる無人機を発表した。』
無人機は、兵器の最も安い運搬道具である。
かつて数次にわたる中東戦争の際、アラブ側のミグ戦闘機がイスラエル側の対空ミサイルに次々打ち落とされるということがあった。
これにより、一気にミサイル防衛の機運が高まった。
高価な戦闘機が安価なミサイルに撃ち落されるならハリネズミのように日本列島をミサイルで守ることができる。
それは同時に防衛費の大幅削減につながるということで、わが党がハリネズミ防衛論を主張したのは1980年代だったと記憶する。
しかし、現代テクノロジーによる無人機は、そのミサイルよりもはるかに安価に製造できるのだという。
また、『熱を発しない電池駆動の超小型無人機は、従来の熱追尾式ミサイルでは迎撃が難しい』のだという。その一方で、ムンバイなどの爆破テロ報道によれば第2のアルカイダと言われる「ラシュカレ・トイバ」という組織が現れたと言う。
無人機が安価であると言うことは、テロに使われる危険性が高いことを意味する。
非常に厄介な時代に入ってしまったものだと思う。
時代が進み、科学が進歩することの意味は一体何なのか、われわれは改めて問い直さねばならないのだろう。

子ども手当のブラックボックス(第354回)

かねてより民主党の「子ども手当」は、公明党の「児童手当」のパクリだと言ってきた。
したがって、公明党が民主党の「子ども手当」にすり寄ったという言われ方をするのはおかしな話である。
その理由を述べてみたい。
それは、「子ども手当法案」が児童手当制度の枠組みをそのまま残している児童手当の改訂版だからである。
この際はっきりさせておかねばならない点は、民主党の児童手当に対するこれまでの対応だ。
児童手当の2000年改正は義務教育就学前の子どもに対象範囲を拡大するものだった。
これにより支給児童は240万人から578万人に2.4倍増したのだが、民主党はこの法案改正に反対した。
2004年改正は支給対象児童を小学校3学年修了前まで拡大するもので、これにより対象児童は677万人に増えるのだが、民主党は反対した。
委員会採決時には欠席した。
2006年改正は小学校6学年修了前まで対象範囲を拡大し、支給児童数は1310万人になるものだったが民主党は反対した。
このときの改正案では所得制限も緩和され、支給率が85%から90%へ増加している。
2007年改正では三歳未満児の手当額を一律1万円に増額するものだったが、民主党は反対した。
このように児童手当の改正に、反対、反対、反対、反対としてきて、いきなりマニフェストで「子ども手当」を支給すると言い出した。
そして政権を取ったら、「子ども手当法案」ではなく、児童手当を改正した内容の法案を出してきたのである。
何がどうなっているのかまったく分らない。原理原則がさっぱりわからない。
民主党はまさにブラックボックスなのである。

八ツ場ダムは中止なのか継続なのか?(第353回)

3月19日に千葉県議会2月定例会は閉会した。
2月議会の焦点は言うまでもなく予算案の審議である。
私自身、予算委員会理事として委員会で2度登壇させていただいた。
さて、今回の千葉県平成22年度予算案の焦点の一つは八ツ場ダムの建設負担金の計上であった。
民主や社民の委員は、「前原国交相が建設中止と言っているのに県が負担金を予算計上したのはけしからん」と主張した。
これに対して県は「実は正式な中止要請が来ていない。また中止の手続きもなされていないので法律的には継続している」と反論した。
予算計上の仕方についても「継続となったときに(増額の)補正予算を組めばよい」という主張と「中止となったら(減額の)補正予算を組めばよい」という主張とに分かれた。
率直に言えば、民主党は「子ども手当」についても全額国庫負担といっていたのが、最終的は地方へ負担を求めてきた。
後期高齢者医療制度も廃止するとしていたのを結局は見送った。
高速道路の無料化も大きく後退した。
普天間基地問題も発言がコロコロ変る。
政策の良し悪しよりも、民主党政権は最初に言っていたことがどんどん変っていまうというブレ が問題なのである。
原理原則がまるでないから、簡単にブレる。
ブレるから、まわりのわれわれは先の見通しを立てることができない。
今回焦点となった八ツ場ダムについても、いつなんどきコロッと変るか分らない。
結局のところ、千葉県の主張どおり、負担金は予算計上しておくほうが安全だと思われる。
考えていることはみな同じと見えて、はたして東京も埼玉も茨城も栃木も群馬も6都県そろって予算計上となったのである。

総理の政治資金と国民総背番号制(第352回)

市民相談の解決に、「福祉は申請主義」という大原則が大きな壁になることが少なくない。
福祉や年金などを受給する場合、あくまでも受給する側が申請しなければならないので、時効により受給権を失うことすらある。
もし、わが国が国民総背番号制を実施しており個人情報が管理されているとすれば、福祉はともかくとして少なくとも年金受給については国から通知してもらえるようになるのであろうか?
この疑問に対する答えが、週刊ダイヤモンド3月20日号の一橋大学教授・高山憲之氏のコラムである。
高山氏によれば、米国における身元不明の年金記録が2億4600万件、英国では1億1600万件あり、オーストラリアやカナダでも全体の20%が身元不明の年金口座ないし社会保険番号だという。
要するに国民総背番号制が導入されたとしても、何のことはない、年金記録は宙に浮いたままということである。
一方の福祉分野については、個人的な事情や条件の変化によってはじめて受給申請となるので、「あなたはこのような福祉を受けることができます」といった通知はありえない。
どちらにしても国民総背番号制のメリットは見出せないことになる。
納税者番号としての機能により脱税が防げるという主張はあるかもしれない。
この主張が正しいかどうかは、今月末に始まる鳩山総理の政治資金収支報告書偽造問題の公判をみなければわからない。
仮にも総理の母親からの多額寄付金問題がうやむやになってしまったなら、徴税の公平性は大きくぐらつく。
はっきり言えば、誰も国を信用する気がなくなる。
したがって、鳩山総理の政治資金問題はたんに総理自身の政治資金団体の問題なのではなく、間違いなくこの国の納税者番号制度の存廃がかかっている重大事態なのである。