今日の日経新聞に、本当に小さな小さな記事『佐用町側の責任認めず 兵庫豪雨で神戸地裁支部』という記事がありました。
これは、2009年の豪雨災害で死亡したのは避難勧告が遅れたためとして、犠牲者の遺族が町を訴えていた裁判の判決記事です。
詳細が分かりませんので、私には裁判についてコメントする資格はありませんが非常に気になっていました。
私は、2011年6月22日の本会議で、災害情報の伝達と言う観点から佐用町の事例を取り上げました。
『兵庫県の佐用町では、平成21年8月の集中豪雨において20人の犠牲者を出しましたが、このとき、町民の7割以上が避難勧告を聞いていなかったという調査があります。佐用町には、当時既に防災無線の個別受信機が住民の自宅全戸に設置されていましたが、3割足らずの人しか聞いていません。外に出ていたり、車に乗っていたりしては聞くことはできませんし、そもそも旅行者には伝わりません。(略)』
避難勧告を出すタイミングが非常に難しいことは容易に想像できます。そのうえで、今度はその避難勧告を住民に伝えることもまた非常に難しいのです。
さらに、水害の場合はもう一つの難しさがあります。それは、勧告に従って避難することによって返って命を危険にさらすケースがあることなのです。
水害で命を落とすケースで多いのは、道路冠水によって水路などが見えず、誤って落ちてしまうケースです。むしろ、避難せずに自宅の二階などにいた方が安全なケースがあるのです。
そうした個別の事情を行政は認知していませんし、認知していたとしてもそれを伝える手段がありません。
結局、自分の命を守るのは自分しかいないということになります。ただし、だからと言って行政が過失を犯した場合にそれが免責されることはありません。
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