Monthly Archives: 7月 2010

第14回松戸市俳句大会のこと(第394回)

今年も「海の日」に松戸市俳句大会が開催された。
今回もまた、私は当日句の担当を仰せつかる。
この仕事は非常なスピードが要求されるので役員同士の団結が欠かせない。
今回も担当者のみなさんの水際立った作業により無事に仕事終えることができた。
役員の皆さん本当にありがとうございました。
さて、当日句の担当となると招待選者の講演を聞くことができない。
その間に作業を進めなければならないためである。
幸いなことに、私は記録係も兼任しているので講演のカセットテープを聞くことができる。
今回は、池田澄子先生の「俳句大好き」という講演だった。
そのなかで私が感動した部分を書き出してみたい。
俳壇の評価にとらわれず、自分の目で良い句は良い、だめな句はだめと感じているか不安になる。
最初に自分の中に入ってしまった句は良いのか悪いのか評価できない。
自分の句も俳句になっているのか胸が痛くなる。
この自信のなさは捨ててはいけないと思っている。
俳句とはこういうものだと思った途端に表現者としては終わってしまう。
常に自分を疑っていないといけないのではないかと思う。

面白し輿石発言(第393回)

今日の朝刊に輿石東氏の民主党参議院議員会長の4選が決まったと報じられている。
この輿石氏については、ジャーナリストの樺山登氏の週刊東洋経済7月24日号「衆参再ねじれで政治漂流 突破口は財政健全化法案」が出色の面白さだった。
そこで私も原典である平成20年1月22日の輿石氏による民主党代表質問の会議録を読んでみた。
輿石氏はまず総理大臣がころころ変わることを舌鋒鋭く批判する。
『総理大臣はこの20年間に何と13人を数えます。驚くべき数でありまさに政権の非力と迷走を物語っていると言わざるを得ません。』
輿石氏が指摘するように20年間に13人はあまりにひどい。一人平均18ヶ月しかないことになる。
しかし、民主党の鳩山総理は10ヶ月ほどだったことを輿石氏はどう言い繕うのだろう?
輿石氏は国会運営について批判する。
『ねじれを生んだのは参議院選挙で投じられた一票の積み重ねであることを忘れてはなりません。民意は自公政権が法案をやすやす成立させることよりも、与野党間の真摯な議論を経て法律が生まれてくることを望んだのであります。』
先の通常国会では民主党政権は強行採決を繰り返したところであるが、今後は輿石氏が主張するように真摯な議論をして欲しいものである。
輿石氏は参議院の問責決議にも触れる。
『国政において総理大臣の問責決議は極めて重いものであります。それを総理が適切に受け止めるならば、自ら辞職するか又は衆議院の解散を行わざるを得ないと思われます。』
先の通常国会の会期末において民主党は参議院本会議を開かずに閉会し、菅直人総理への問責決議案が採決されずに廃案になった。このときの参議院議長は民主党の江田五月氏であった。
自分たちが野党のときは『問責決議案は極めて重い』 と主張しながら、与党になるや『採決をさせずに廃案』 に追い込むという自己矛盾。
本当にこの党は『トラスト・ミー(信用してくれ)』と言われても、信用できるはずがない。

吉祥寺ブランドの思い出(第392回)

「吉祥寺ブランド」というのがあるらしい。
週刊東洋経済7月24日号によれば、住みたい街トップが吉祥寺なのだという。
分譲マンションの名称に「吉祥寺」という地名がついているか、「三鷹」という地名がついているかなどを調べると人気が分かるという。
さて、今から30年以上前の1977年夏のことである。
大学の夏山合宿の打ち合わせをするために吉祥寺のNさんを訪ねた。
Nさんは吉祥寺駅前のマクドナルドでバイトをしており、それが終わるのが深夜の0時過ぎだという。
私は、バイトを終えたNさんと一緒にNさんのアパートへ向かった。
深夜の北口駅前アーケードをとぼとぼと抜けていく。
私は大阪出身のNさんに「何で吉祥寺に住んでいるんですか?」と尋ねた。
大学は八王子だから通うのも大変である。
Nさんは「吉祥寺という街に憧れてなあ。」と答えた。
吉祥寺ブランドは大したもので30年以上前の大阪にも燦然と光り輝いていたのである。
やがて、五日市街道へ出て左へ。
さらに吉祥寺通りを右へ。
さて、ここから歩いても歩いてもNさんのアパートは現れない。
いい加減うんざりして「まだ先ですか?」と問うと、「もうじきや」とNさん。
Nさんはどんどん歩いていく。
とうとう青梅街道も越えてしまい、さらにしばらく歩いた畑の中にNさんのアパートはあった。
ようやくアパートに着いた私は厳かに宣告した。
「Nさん。ここは間違ってもあなたの憧れの吉祥寺ではありません。」
そう。練馬区関町北であった。

事業仕分けされていた沖縄県民と米国政府(第391回)

雑誌「WEDGE」8月号に掲載されたアーミテージ元アジア担当国務副長官の普天間基地移設問題に関する寄稿は皮肉に満ち満ちていた。
ブッシュ政権の国務副長官に寄稿文で皮肉られるだけなら、さほどの実害は生じないだろう。
しかし、『アジアの大半の国が日本政府に対して、日米関係の膠着状態を早急に解決するように要請したにもかかわらず』未だに膠着状態がとけていないばかりか、秋以降へと決着がどんどん先送りされてしまうとさすがに心配になる。
さて、私がアーミテージ氏の記述の中で興味深く思ったのは以下のくだりである。
『米国側は一度として、なぜ辺野古への基地移設が受け入れられないのか説明されなかった。』
『米国人にとっては、日本の首相が現行案に代わる選択肢を持たずに日米合意を破棄するということが、理解しかねることだった。』

このアーミテージ氏の記述は、八ツ場ダム建設中止についての民主党・前原国交省の対応とまったく同一ではないか。
八ツ場ダムのときも地元住民や首長以下都県関係者に対する、『なぜ中止なのか』という説明は一度もなく、ダムに代わる治水、利水案は全く検討されていないにもかかわらず、『いきなり中止』だと宣言したのである。
これまでの政治手法を見ていると国内の有権者に対してであれ、外国の政府に対してであれ、自分たちの結論だけを説明なく押し付けることが、民主党の体質であることは間違いない。
しかも、このやり口や体質はあることを想起させるではないか。
そう『事業仕分け』とまったく同じやり口なのである。
つねに相手の言い分には耳を貸さない。
相手が発言しようとしても無理やり遮る。
最初に結論ありきで、それを徹底的に押しつける。
まったく同じやり口であることに気づいてみると、少しばかり恐怖感がわいてきた。
人はこれを独裁者と呼ぶのではないか。

小沢氏の慧眼(第390回)

小学生のころ、NHKの各党代表の討論会を見ていた時のことである。
自民党の誰だかの「我々は政権担当能力がある、他党にはない」という発言に対して、公明党の誰だかが「自民党こそ政権担当経験はあっても政権担当能力が無い。わが党は経験はなくとも能力はある。」と切り返していたことを覚えている。
もう一つ思い出すのは、2007年11月4日の民主党内の一連の出来事だ。
当時の小沢一郎氏の民主党代表辞任騒動はいまだにわからない。
時系列的に追っていけば以下のようになる。
10月30日 第1回の福田小沢党首会談。
11月 2日 第2回の福田小沢党首会談。
※小沢氏が民主党役員会で自民党との大連立を提案。民主党役員会が強く反発。
11月 4日 小沢氏が民主党代表の辞任表明。
11月 5日 民主党役員会は小沢氏の辞表不受理。慰留を決定。
11月 6日 民主党役員会は小沢氏の続投決定。
11月 7日 小沢氏が代表続投を表明。「恥をさらすようだが、もう一度頑張りたい」
さて、これら一連の流れの中でいちばん興味深かったことは11月4日の小沢発言だ。
辞任表明の際、小沢氏は「民主党には政権担当能力がない」 と発言したと伝えられることである。
小沢氏が本当にこのような発言をしたのかどうかはわからない。
発言の事実は分からないが、発言内容は正鵠を射ていた。
その後の鳩山内閣の迷走ぶりも菅内閣での「議論なき消費税10%発言」もそれを証明してくれている。
その意味では、この一連の出来事は何がどうなっていたのかあまりよくわからなかったが、小沢氏が慧眼であることだけはわかった辞任騒動だった。