Monthly Archives: 2月 2011

誰が利益をあげているのか?(千葉県歳入から考えたこと)(第500回)

このほど平成23年度千葉県当初予算案が提出されました。
注目すべきは歳入で、法人関係税が好調で約278億円の増額だというのです。
法人の場合、赤字はその年に損金として落しきれない場合は翌年にも翌々年にも損金として算入されますので、数年は税収は上がらないだろうと思っておりました。
何しろ、100年に1度の経済・金融の危機「リーマン・ショック」だったのですから。
ところが278億円の税収増とはわれわれの生活実感とかけ離れています。
現実に起こったことを後から理由付けするのは恥ずかしい話ですが、色々なことが考えられます。
所得と関係なく資本金や人件費などで課税する外形標準課税の影響がまずあげられます。
2004年から全国一律に企業が赤字であろうと課税出来る仕組みになっています。
第二に、おそらく企業は日本国内ではなく海外で利益をあげているのでしょう。
したがって、国内景況感とは違和感があると考えられます。
少なくとも国内で企業が利益をあげていない、国内では労働生産性が上がっていないことは就職氷河期の現実を見ても分かります。
さて、そのうえで実は表題の『誰が利益をあげているのか?』という問題がさらに奥に横たわっています。
4年前の2007年12月議会・代表質問の中で、私は次のように述べました。
さて、11月6日の日経新聞にこういう記事が出ておりました。お読みになった方も多いことと思います。
福島県の女性向け衣料会社が2003年に株式を上場したところ、本年8月に突如持株5%を越える大株主としてノルウェーの中央銀行が登場したという記事であります。
その後、注意するともなく報道各紙を見てまいりますと意外と外国人の株主が多いことが分かります。
どの企業の株式の何分の一が外国人株主の所有となったなどという記事がそれこそ連日新聞紙上を賑わしております。
現在、外国人株主の国籍は90を数え、いわゆる欧米諸国以外でもスーダン、タンザニア、ウガンダなどのアフリカ諸国やロシアやバチカンなどなど外国人の日本株保有率は長期上昇トレンドをたどり、今では28%に達したとの記事もありました。
すると昨今のわが国企業の利益が配当へ回っているという現実を考えると約3割は国内の再投資ではなく、国外へ出ているということになります。
つまり、県歳入が大幅に増額、法人関係税が好調といっても、単純に日本人が利益をあげているとは限らないということです。
※これは国外においても同様で、たとえば韓国のサムスンは非常に元気だが、株主は半数は外国人・外国資本である。

天下り4000人!(第499回)

今朝の読売新聞の『「天下り」民主政権で4240人』の見出しには言葉を失った。
「民主党政権発足後の2009年9月からの約1年間で政府とつながりの深い法人に天下りした中央省庁出身者が4240人に上る」と言うのである。
ちょっと待って欲しい!
民主党の2009年マニフェストは、特に「5つの約束」を強調して掲げ、その第一番目に『天下りを根絶します』と書いてあるではないか。
菅さんの2010年マニフェストにも第一番目にちゃんと『ムダづかいと天下りを根絶し、財政を健全化させます。』と書いてあるではないか。
私が一番憤りを感じたのは読売新聞記事の次の部分である。
『首相はこうした実態を把握していなかったと認め、「チェックしていく仕組みを作らなければならない」と改善を約束した。』
『天下り根絶』をマニフェストの主要項目に掲げていた政党が、実はチェックもしていなかったのである。
天下りの多さもさることながら、チェックをしていないというのは国民に対する裏切りそのものである。
マニフェストとは一体何なのか?
国民をだますための道具なのか?
まさに、鳩ではなくサギだった。
菅ではなく(マニフェスト)は案だった。
われわれはどこまで馬鹿にされるのだろう。

分別ある大人の行動(第498回)

世の中の複雑さが判断を誤らせているのは事実である。
「風が吹けば桶屋が儲かる」といった一見結びつかない事象と事象が密接に絡んでいたりする。
週刊「東洋経済」2月26日号の土居丈朗慶応大学教授のコラム「減税の後に何をするのか」はそれを端的に指摘している。
コラムは名古屋市や愛知県の住民税減税を俎上に載せている。
『名古屋市や愛知県は、不況期に国税が財源である地方交付税を国から受け取ったり、地方債を発行したりする状況におかれている。』

『地方交付税の財源は、名古屋市や愛知県の住民だけでなくほかの地域の住民も負担している』

『地方債の返済財源は、返済時の将来の住民が負担することになる』

『ほかの地域の住民や将来の住民に依存しながら歳出削減の恩典を現在の住民だけに与えていることにほかならない』
まさに「風が吹けば桶屋が儲かる」風の、「人に負担させて減税を享受する」類の話だというわけである。
この名古屋市や愛知県の減税が成り立つには、他の地域が同じことをやらないという条件がつく。
もし、「ではわが市でも、わが県でも減税をやろう」となった場合は、ただただ将来の借金が増えるだけということになる。
経済学の教科書にはこれを『合成の誤謬』というと書かれている。いわゆる経済学のイロハである。
しかし、財政の話は複雑であり、複雑なものは実感しにくく、人は誤りを犯しやすい。
誤りに気付いたときに誤りを訂正できるかどうか。
それが分別ある大人の行動ということになるのだろう。

国の形を変えるもの(第497回)

年金制度もそうなのだが、これまである制度を全く無視して新たな制度を立ち上げるというのは難しい。
これまでの制度の上に恩恵を受けている人がいるのは事実だからである。
日本の国は医療機関へのアクセスについての自由度が非常に高い。
風邪でさえも東大病院で診てもらうことが出来る。
これがイギリスやデンマークのように必ずかかりつけ医師に診てもらわねばならないとなると反対の声は大きいだろう。
スウェーデンのように、病院にはなるべく入院させない、原則として延命措置はとらない国もある。
デンマークのように命にかかわらない病気や歯科は完全に自己負担という国もある。
こうした医療制度をわれわれが受入れるのも非常に難しいだろう。
これまでの制度から飛躍があり過ぎると国民的合意は不可能に近い。
事の大小の差はあれ、人の本質が保守性にある以上、制度を変えるのは難しいし、ましてや国のありかたを変えるのは至難の業だ。
変えるためには幾つかの条件が必要だ。
一つは、外圧であり、もう一つは国民が感じる痛みである。
言いかえれば、この二つのどちらかがないと国は変われない。(私たちも変われない)
これは、一人日本人だけの話ではない。欧米人もまったく同じである。
では、外圧もなく痛みもなく制度を変えた例はあるだろうか?
それは確かにある。
たとえば衆議院の小選挙区導入もその一つに違いない。
あのときはまるで熱病におかされたようだったと評する人がいる。
すると国の形を変えるのは、「外圧」「痛み」「熱病」となる。
どれもこれも分別ある大人なら自らの変革に使いたくないものばかりである。
子どもたちに分別ある大人としての行動を見せたいものである。

民主党が真っ先にやらねばならないこと(第496回)

民主党のマニフェストが破綻したことは今さら言うまでもなく明らかなことだ。
何よりも数字が明確にそれを示している。
民主党はマニフェストの中で、予算の組み替えとムダ削減で2013年度に16兆8000億円の財源をねん出すると豪語していた。
そして、民主党の計算では2011年度には12兆6000億円を確保するという約束だった。
ところが、実際に確保できたのは3兆6000億円だった。
つまり、差し引きで9兆円の財源捻出が出来なかったのである。
ごくごく普通の人の感覚であれば、収入が確保できないのに支出するのは無謀であり、行きつく先は破産ということになる。
したがって、真っ先に支出を見直さねばならないはずなのに、民主党は全くその気がない。
これは国民との契約だとばかりに、子ども手当や高速道路の無料化や農業の戸別所得補償などの支出はマニフェスト通りにやろうとする。
収入が破たんすれば、支出も破綻するのは当たり前のことだ。
民主党は真っ先にマニフェストの歳出面も見直さねばならない。
確保できた3兆6000億円までマニフェストの歳出を落とすべきなのである。
そして、政策は失敗したら政権の座を降りるという当然の責任の取りかたをすべきである。そうでなければ政権交代可能なシステムの導入自体を民主党自らが否定することになってしまう。