表題にあるような『他人はどうなってもいい』という発想をどう廃していくか、古来からの大命題です。
先日行われた「松戸健康福祉センター運営協議会」の折に配布された資料に、クロイツフェルト・ヤコブ病の患者さんが1名とあるのを見つけたものですから思うところがありました。
1994年から1995年にかけて、イギリスで若い世代に10例ものクロイツフェルト・ヤコブ病の発生がありました。同病は高齢者に発症する稀な病気だったので非常に注目を集めました。
イギリスでは1985年にBSEが大量発生しました。その原因が肉骨粉だと判明し、イギリス政府は1988年7月に反芻動物に対する餌として使用することを禁じます。
ところが、その時点からイギリスから肉骨粉の輸出が急増します。1989年は3倍近く増え、その約半数がフランスへの輸出です。
フランスではその後BSEの牛が急増します。フランスもあわててイギリスからの輸出を禁じますが、ほとんど手遅れでした。
イギリスはその後もどんどん肉骨粉を輸出し続け、ヨーロッパ各地、アメリカ、カナダ、そしてアジアにも輸出されていきます。
肉骨粉にBSEの病原体が混入していた可能性は素人目にもわかりますし、イギリスは十分承知していたはずです。
にもかかわらず、自国の産業や業者の利益のためなら、たとえ隣国で病気が蔓延しようとどうなってもいいという発想です。
それが国際政治だと言ってしまえばそれまでですが、日本国憲法にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という前文が空しくなります。
日本の対応はといえば、農水省が肉骨粉を餌として牛に与えないようにとの通達を出したのが1996年です。
日本で初めてBSEの発生があったのが2001年9月10日。結局、2001年には3件発生しました。その後は2002年に2件、2003年に4件、2004年に5件、2006年に7件と増えていきます。
「諸国民の公正と信義を信頼する」と宣言できるのは、本当は自らの力で自らを守れる者だけなのかもしれません。
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