月別アーカイブ: 11月 2012

地下水よりも知恵を引き寄せるシステムを

今日の千葉日報の福島第1原発関連の報道で非常に気が重くなる記事がありました。
『地下水流入 増える汚染水』という見出しで、以下の記事です。
『メルトダウンした1~3号機では冷温停止状態を維持するため、冷却に使った水を循環させて再度、原子炉に注入していする。このシステムでは建屋の地下にたまった冷却水からセシウムや塩分を除去して再利用する。ところが地下にたまった水に1日当たり約400トンの地下水が流入』しているというのです。
毎日400トンといえば単純計算で年間14万6000トン。100メートル四方の広さで高さ15メートルほどのイメージです。これが仮に50年を考えれば730万トン。どう処理すればよいかと思います。
記事によれば『流入量を減らすため、建屋西側に深さ20~25メートルの井戸を12本掘り、地下水をくみ上げる予定だが、やみくもにくみ上げれば地下水位が下がりすぎ、建屋の地下にたまった水が逆に周辺の地層に染み出しかねない。』とされています。
土木の世界に『圧密沈下』とぃう言葉があります。
地盤に荷重がかかった時に土中の水が抜け地盤の体積が減少する沈下のことです。
記事にあるように地下水をくみ上げると回りからの地下水を呼び込むことになりますので、建屋下から汚染水を引き寄せたり、さらにはくみ上げることによって地盤沈下の問題を引き起こすかもしれません。
一度沈下した地盤は、あとから水を注入すれば元に戻るというものではありませんので非常に厄介な問題です。
何かの対策を立てれば、別の問題が生じるというパターンです。
原発事故問題は、ただただ東電が悩む、苦慮するという状況ではありません。
国内外問わず、あらゆる階層の人たちから知恵を引き寄せる仕組みをつくることが第一に求められているように思うのです。

ハリケーン「サンディ」から学ぶもの

日本で最も時間当たり雨量が多かったのは1982年の長崎県長与町です。1時間当たり187ミリというすさまじい雨が降りました。
それから何年も経ってから長崎の友人を訪ねた時に、その時の長崎市内の様子を昨日のことのように話してくれました。
長崎はまさに坂の町、すり鉢状になった地形ですから町が水没したとのことでした。
友人と話していて面白かったのは、「たまに台風が東京方面へ向かっていくと『ざまを見ろ』という気になる」と言っていたことです。まあその人間的な気分は、なんとなくわかるような気がしないでもありません。
さて、人は雨が降ると濡れないように行動します。たとえば「雨宿り」です。
数年前、同窓生たちと新宿で居酒屋へ繰り出したことがありました。新宿中央公園から西新宿駅方向へ歩き出すやいなや、ものすごい夕立に見舞われました。
大勢の通行人たちが地下街へ向かいました。新宿は地下街の発達した街です。新宿と言えば地下街という刷り込みがあるのかもしれません。
しかし、豪雨の時に絶対に避けなければならない避難場所が地下街です。水は低い方へ流れるという誰でも知っている当たり前のことが忘れられているのです。
「自分は大丈夫」「みんながいるから大丈夫」というまるで根拠のない思い込みもあるでしょう。
過去に、地下鉄が水没した事例は稀ではありません。今回のハリケーン「サンディ」でもニューヨークの地下鉄が水没しました。
地下鉄が水没すると電気系統がダメになりますので停電に襲われます。一番低い線路から水没していくはずですが、線路の近くに電気が走っている形態も地下鉄では普通のことです。ニューヨークの地下鉄構内がどういう状況だったか知りたいものです。
新宿であればビルには事欠きません。高層ビルの街でもありますから。
激しい夕立の中で、私たちが地下にある居酒屋を避けたのは至極当然のことでした。

地震予知について

私は、地震予知ができるとは思っていません。それが常識だと思っていましたので、10月16日の日本地震学会シンポジウムやイタリアでの地震学者に対する有罪判決にはいささか違和感を覚えました。
地震の研究は非常に進みましたが、そのメカニズムを知れば知るほど、避難のための『予知』は不可能だという結論になります。
たとえば、プレートというと巨大な岩盤というイメージですが、残念ながら均質ではありません。したがって、仮に常に同じ方向から常に同じ力が加わったとしてもどこが割れるかなど分かるはずがありません。まして常に同方向の同程度の力など実際にはあり得ません。
また、プレートそのものも生成途上にあったり、プレートとプレートの境界も実際にはあいまいなものです。むしろ『プレート』という言葉が誤解を招いているきらいもあります。
プレートが動く理由である地球内部の温度差にしても、同じ場所が常に同じ温度であるはずがなく、プレートの動きも生成も均質・均一であるはずがありません。したがって、予知などできるはずがないということは至極当たり前のように思えます。
10月16日のシンポジウムでは地震調査委員会委員長の津村氏は「地震や地殻変動などの観測はメカニズムの解明につながっている。今後も予知を掲げるべきだ」と主張し、東大大学院のロバート・ゲラー教授は「これまで観測網を強化してきたが、地震を予知できた事例はなく、このまま研究を進めても予知につながらない」と主張しました。お二人とも間違ったことは言っていません。予知はできないがメカニズムの解明は進むと言っているだけです。
結局のことろ、地震の時間と場所と規模を特定することは現時点ではできないということなのでしょうが、私は今後も不可能だろうと思っています。
ただし、だからと言って研究をやめろ言っているのではなく、地震メカニズムの解明や津波の予測により予算をつぎ込むべきだろうと思います。地震の予知そのものについては衛星による列島の変形を見ていた方がましかもしれません。
海溝型の地震ですらこうなのですから、活断層にかかわる地震、プレート内部の地震については推して知るべしです。
私たちは、予知に頼るのではなくあくまでも減災という観点を忘れずにしなければと思うのみです。