月別アーカイブ: 5月 2012

すべてがグローバル化とは?

これだけ社会のグローバル化が進んでくると、特に経済分野ではさまざまな社会の仕組みが先進国間で同質のものになるのは避けられないように思います。
これを突き詰めていくと、最終的には社会保障制度の同質化にまで行き着くのかもしれません。
消費税ひとつ見ても、例えば我が国では外税といって、商品価格とその消費税がそれぞれ表示されていますが、これは世界標準なのでしょうか?
我が国では益税や損税?が発生していますが、これもまた世界標準なのでしょうか?
インボイスが当たり前の時代に、わが国だけが避けるというのもいかがなものかという意見もあります。
また、法人税にしても世界が引き下げ競争をしている時には、逆に法人税を上げることは現実的に無理だろうと思います。
むしろ、いっそのこと社会制度の同質化が進んでしまったほうがよい部分も相当ありそうですが、いずれにせよ望むと望まざるとにかかわらず同質化の方向は避けられないと思います。
そして、仮に税制や社会保障制度が同質化してくるとなると、国の競争力を左右するのはますますリアルな自然条件や人口構成を含む人的資源ということになります。つまり『競争力』とは『人間力』の異名なりというわけです。
では人間力とは何か?
私は『勤勉』『温かみ』『情熱』も3つは欠かせないだろうと思っています。
日本社会が、こうした人間力を育む教育を推進できているかどうか、そういう社会足りえているかどうか、足元こそ見直すべき時なのかもしれません。

痛ましい交通事故

小学生など子どもたちが犠牲になるという悲しい交通事故が続いています。
高速道路における長距離バスの事故、長い坂道におけるトラックの事故、そして各地での自動車暴走事故など考えられない事故があまりに連続しています。
私もかつて、幼稚園の子どもたちの列に自動車が突っ込むというあってはならない事故を取り上げて、生活道路の安全確保について議会で質問したことがあります。
このたびの連続事故について、5月16日に会派として、知事、教育長、警察本部長に対して『通学時における児童・生徒の安全対策についての要望書』を提出しました。                     
館山市の事故にありましたようにバス停の位置がより安全になるような総点検や道路改良という行政的にできることはすべてやるべきだと思います。
運転者側の問題が一番問題なのでしょうが、安全に対する担保は簡単なものではありません。
具体的な要望事項について6月の議会でも会派として取り上げてまいろうと思います。

公平な税制とは?

公平な税制を実現するには、その前提として所得の正確な把握がなければなりません。
ですから、共通番号制の導入だとなるのでしょう。
ところが、国民に共通番号を付している各国とも、これでも所得税の正確な把握はできないと言っています。
これは単純な話ですが、所得税を納めている人の所得は調べようがありますが、所得税を納めていない人の所得を調べるのには大変な労力と時間を要するからです。『マルサの女』という脱税を摘発する国税庁の女性職員を主人公にした映画がありましたが、大変な苦労をしながら所得を捕捉していました。
さて、所得には勤労所得もあれば相続や資産運用などの不労所得もあります。本来ならそれら所得全体に課税するという『総合課税』が理想でしょう。
しかし、このうちいわゆる不労所得について、その捕捉が容易ではありません。するとどうすればよいでしょうか?
一つは、不動産所得を捕捉する。これは現在でも国税庁は相当綿密に行っています。
次に、金融資産を捕捉する。これは私自身が保有していないので詳細はわかりませんが、株式などはすでに電子化されていますので捕捉できるはずです。
そのほかの債権についてはどこまで同様の電子化による捕捉が可能なのかは私にはちょっとわかりません。多分、国際的な協議が必要なのでしょうが、世界の主導的な人たちがそれを望むとは思えませんので相当ハードルが高そうです。
第三に、所得の捕捉に限界がある以上、消費に課税するという発想はやはり必要なのだろうと思います。
これは、所費税を上げるという議論ではありません。消費税という課税方式から低所得の人をどう守るか、きちんと転嫁できない中小零細企業の人をどう守るかという議論です。
どちらをも同時に解決するには『インボイス』の発行ということになりますが、なぜかそういう議論がわが国で澎湃として起こってきません。単なる生活必需品は非課税にする、医療介護分野は非課税にするという発想では、税の公平性は確保できません。
私たちは、消費税導入の条件として社会保障の全体像を示すなどの5条件を掲げていますが、これでは5条件以前の話だと言わざるを得ません。

企業に対するボディーブロー?

5月9日の日経新聞1面に非常に気になる記事が出ていました。
『年金積立不足負債計上 新会計基準』という記事です。
記事によれば、年金積立不足がある企業は、不足額を「全額負債に即時に計上、一方で自己資本を減額し、貸借対照表に反映させる」とのことです。
そもそも年金額の過不足というのは、年金資金の運用に大きく左右するものですから、この新基準が適用されれば本業とは別のところで企業が評価されることになります。当然のことながら株価も大きく動くことでしょう。
運用がどういう形で行われているのか、私は知りません。外国のファンドで活用している場合も当然あるでしょう。すると、今回のギリシアのような予想外の問題が起こると、そうしたの経済情勢によって企業価値が左右されることになります。
これは経営者は夜もおちおち寝られないという緊張感に襲われることでしょう。
これでは企業はますます年金代行を切り離しはじめ、それができない企業だけが新会計基準によって企業価値を左右されることになります。
実は、もう一つ私が不安に思うことがあります。もしかしたら、これを突き詰めていくと、社会保障制度が望ましくない方向へ世界的な統一が進むのではないかということです。
現在、医療保険の分野では日本企業に比べて米国企業の身の軽さは比べ物にならないと思います。わが国では国民皆保険が実現しているからです。社会保証制度が異なるのに、会計基準だけを統一するのはフェアな競争を阻害しかねません。
したがって、結果としてこの会計基準が将来の国民皆保険の崩壊につながりやしないかという不安を覚えるのです。
これが杞憂であればと思いますが、検討のより深い内容をさらに追って報道してほしいと思います。

天候がおかしい

茨城、栃木などで竜巻による大きな被害がありました。
理屈の上では、上空の冷たい空気と地上近くの暖かい空気との間で急激な上昇気流が発生し・・・ということになります。
こうした局地的な大気の不安定さもさることながら、私たちが防災上もっとも注意している台風についても同様のことが言われています。
たとえば地球温暖化のせいなのか、最近は上空の空気も暖められて赤道付近では台風が発生しにくく、その一方で日本近海で上層と下層の空気の温度差から低気圧が発達する傾向があるといった話です。
いずれにせよ、私たちは防災と言う観点から気象にも注意を怠ってはいけないと戒めております。
さて、ゴールデンウィークを中心に、山岳遭難が相次ぎました。
北アルプスでは白馬岳や穂高で幾人もの方が亡くなる悲しい事故が起こりました。報道によればヒマラヤ経験のベテランもいらしたそうです。
私のつたない経験からですが、日本の山は基本的に天候さえよければ登れてしまいます。
それこそ同じ北アルプスの同じ後立山でも、ある冬には10日間苦闘しても全く登れず2000メートル付近で敗退したり、その逆に半日くらいであれよあれよという間に登れてしまったりします。
1978年12月のことでしたが、当時毎年のように多くの遭難者を出していた鹿島槍ヶ岳の偵察山行の際、あくまで偵察なのに爺ヶ岳まで昼前に登れてしまったことがあります。本合宿にとっておくためにあえて鹿島槍に登らずに下りてきました。
厳冬期の日本の山は、振り返ってみると山の技術や経験とは無関係に、結局のところ天気が良ければ登れて、天気が悪いと登れなかったことに気づきます。
やはり、「天候に細心の注意をする」、それが安全安心の第一歩なのだと思います。