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核持込み日米密約で思いだすこと(第357回)

1981年5月18日の毎日新聞が報じたライシャワー発言のインパクトは大きかった。
この報道で毎日新聞は新聞協会賞をとったはずである。
非核三原則の一つ「持ち込ませず」は日米合意の下で破られていたと言う内容である。
参議院公明党では、黒柳明氏が党を代表して緊急質問に立つことになった。
そのとき私は、渋谷邦彦参議院議員の秘書になって二年目に入ったばかりの頃だったが急遽その原稿作成チームに加わるように指示された。
議員会館の黒柳事務所で打合せをするのだが、どういう原稿にするかまるで意見が出ない。
ライシャワー発言の重さは大変なものなのだが、構図としては「(核を)持ち込ませず」が虚構だった疑惑がライシャワー氏のインタビューから出たと言う単純な話なのである。
過去にもラロック発言などがあり、政府を追い詰めるほどの証拠も何もない。
したがって、ある程度内容のある本会議質問の原稿を書くのはなかなかしんどいし、ましてや特別委員会で1時間近い質問の原稿を書くのは至難の業である。
黒柳氏と黒柳氏の秘書、私、政策審議会の職員もいたかもしれないが、何の意見も出ないまま時間だけがたっていく構図である。
そこで私が痺れを切らし、「結論はトラテロルコ条約のようなものを極東で作れと言うことにしましょう」と発言した。
「なんだ、それは?」と黒柳氏が鋭い視線を投げる。
この条約は南アメリカを非核地域、非核地帯にするという条約である。
たまたま参議院外務委員会調査室の職員のどなたかが書いたこの条約についての論考があることを私は知っていた。
あまり実効性のないような条約だが、非核地域を設けるという条約は少なくとも当時はこれしかなかった。
「よし、わかった。それで原稿を書いてくれ」と言うことになった。
私は、まずライシャワー氏がどういう発言をしているのか洗っていった。
非核三原則について言及されたライシャワー氏の本を入手して、その原書を和訳することから仕事をはじめた。
国会での議論にたえられるよう正確に訳さねばならないので、友人のYに手伝ってもらった。
そうして、その本の内容からライシャワー発言を色々抽出して質問原稿を書き上げた。
最後は、お定まりのトラテロルコ条約を引き合いに出して、日本の取るべき対応を鈴木善幸総理に質すという内容である。
その際の黒柳氏の質問はある意味で実に勉強になった。正直言ってこういう質問もあるのかと思った。
何がどう勉強になったかはとてもとても言えるものではない。
ご興味のある方は黒柳氏と鈴木総理のやりとりを参議院の会議録でお読みいただきたい。
まだ私が怖いもの知らずだった22歳のときの貴重な経験である。