3日見ぬ間の桜

数人の知人(と言っても皆さんすべて人生の大先輩)との団らんの中で、Iさんがこう切り出しました。
「『三日見ぬ間の桜』って、私は三日見ないうちに桜が咲いていた、と言う意味だと思っていましたが、逆に三日見ないうちに散っていたということを言ったものなんですか」
私は、どうにも気になって帰宅後にことわざ辞典で調べてみました。
すると出典は、江戸時代の俳人、大島蓼太(おおしまりょうた)の句『世の中は三日見ぬ間に桜かな』だそうです。
すると、句意は『三日外出しないでいたら世の中は桜が満開だな』と言うことになりますので、『咲く』方に軍配が上がります。
ところが、辞典には『世の中の移り変わりのはげしくてかなわないことを、桜の花があっという間に散ってしまうことに掛けて言った言葉』とされていて、こちらは『散る』方にポイントが置かれています。
『咲く』と『散る』では180度異なります。だからこそ、合格・不合格を知らせる電文に「サクラサク」「サクラチル」が使われたのでしょう。
このように同じ事象にあっても、捉え方が様々あることに大いに興味をそそられたのでした。
3月16日の千葉日報『地域を照らす太陽の心 未来を照らす千葉の心』に紹介されている匝瑳市の例がありました。
同市は、難しい地名であることを逆手にとって、難読ぶりをアピールすることによって全国から大きな注目を集めたというのです。分かりやすさが求められている時代にあって、匝瑳市は見事な逆転の発想を見せたと言えます。
これからの政治は、つねに財源不足の問題がついて回ります。これまでの発想では解決できない事案が幾つも出てくることでしょう。
今こそ政治は発想の転換が必要なのだと思います。行き詰ったら『3日見ぬ間の桜』を思い出さねばと思ったのでした。


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