不意に思い出した『事務次官会議その後』

不意に、「そう言えば事務次官会議はその後どうなったのだろう?」と思いました。
民主党政権が発足して、事務次官会議を廃止したところまでは「ほう。思い切ったことをやったな」という気持ちの良さがありました。
それまでは、週2回行われる閣議に出す内容をすべてその前に開かれる事務次官会議で決めていたのだそうです。
この会議は全会一致が条件で、一人でも(すなわち一つの省でも)反対があれば閣議には提出されない決まりだと報じられていました。
そもそも法的な設置根拠がない会議が、閣議に上程する内容を決めているということ自体がおかしな話であり、3権分立を大きく歪めています。したがって、それを廃止すると決めたことについては国民の多数が賛同したのではないかと思います。
ところが、ネットで調べてみると今回の安倍内閣では名称を『次官連絡会議』と変更したうえで復活させたと言います。(Wikipediaによる)
しかも、さらに調べてみると民主党・野田政権時代に『各府省連絡会議』という名称ですでに復活していたのでした。
2011年9月10日5時1分のasahi.com(朝日新聞社)によれば、野田首相が復活させた理由は『官僚を排除した政治主導に霞が関は反発。十分な情報が官邸に集まらなくなった。』としています。
いつの時代においても結局のところ、「情報こそ権力の源」ということなのでした。
古代の日本でも、都と出先機関を結ぶ道、官庁と官庁を結ぶ道は非常に整備され、いかに早く正確に情報を伝達するかに工夫を凝らしていました。やはり情報の集まるところがもっとも正確な判断ができるところなのです。
そうしてみると、真の政治主導を実現するためには、政治判断する側に最も情報が集中する機構こそ考えなければなりません。そして、その在り方が国益、すなわち広く国民に利益が及ぶ形でなければなりません。
当然のことながら、地方分権や道州制の議論についても、最終的な政治判断をする部門にどうやって質の高い広範な情報を集つめうるかという観点の議論が必要不可欠であるということも我々は十分認識しておかねばなりません。


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