東漸寺(とうぜんじ)の山から(第267回)

最近、嬉しかったのは、わが家の隣の東漸寺の山からミミヅクの声が聞こえてきたことだ。
「奉公、五郎助奉公(ほうこう、ごろすけほうこう)」という独特の鳴き声である。
私の俳句の師匠は、これを「奉公、ぼろ着て奉公」と聞く。
中学時代から一人で山に登ってきた私は鳥の鳴き声には少しばかり関心がある。
大体、山登りは自分の足元ばかり見ながら歩くことになるので、周囲の様子を伺うのは聴覚頼りとなる。
鳥の声や風によって樹木や草が騒ぐ音を聞きながら何時間も何時間も歩くのである。
するとトラツグミが聞こえ、遠くでは筒鳥が鳴き、突然の鶯の笹鳴きに驚いたりする。
一度、三光鳥を聞きたいと思っているが、三光鳥はつくばエクスプレスの南流山駅の放送でしか聞いたことがない。
春三月は囀りのシーズンである。
鳥たちが競って鳴くことだろう。
ところが最近、ある場所にいったときに何か違和感を感じたことがあった。
そう。鳥の鳴き声が聞こえなかったのだ。
周りの状況からいって、鳥の声が聞こえていいはずなのに鳥がいないことがあるのだ。
鳥がいないということは、すなわち虫がいないことを意味する。
最近は滅多にハエを見ないし、昔に比べて蚊も少なくなったように思う。
下水道の普及によるのだろう。
長い目で見ていくと、何か良いことがあれば、多分同じくらいの悪いことがあるのかもしれない。