10月下旬に共同通信が行った都道府県知事に対するアンケート調査の結果は興味深かった。
前原国交相が2010年度予算の概算要求で打ち出した道路の新規着工を原則凍結とする方針に対して賛成か反対かを問う設問であった。
調査結果は、知事47人のうち反対が36人(76.6%)、賛成が1人にとどまったというのである。
唯一賛成した滋賀県知事も「新規かどうかで凍結をするのではなく、必要かどうかで判断すべき」と批判的な意見を述べた。
だったら「反対」だろうと思うだが、それでも「賛成」だと言う理屈が私にはよく分からない。
それはさておき、ここでわれわれはムダとは何か をもう一度考え直さねばならない。
われわれがあるものをムダと判断するのは、おそらく自分にとってムダかどうかという基準だと思われる。
今回のアンケートでの反対意見として、北海道知事は「全国に比べ整備が遅れている」、宮城県知事は「地方の社会資本整備は十分ではない」と主張した。
ところが、テレビに出てくるコメンテーターたちは「地方の道路はムダ」という。
結局のところ、自分たちの使う道路以外はムダだと主張している構図に思われる。
私の富山の友人は北陸新幹線の早期建設を熱烈に主張するが、ほとんど乗ることのないと思われる私にしてみれば「これ以上、新幹線はいらないだろう」となってしまう。
しかしその私にしても、もし富山に住んでいたらもちろん熱烈に北陸新幹線を欲しいと思うだろう。
つまり、ある人にとってどうしようもなくムダなものが、別の人にとっては大事な大事なものという構図が普通なのである。
前原国交相のやり方では、最初に建設や導入してしまった人や地域が得をして、後回しにされた人や地域が損をするのである。
誰だって税金だけ取られてサービスを受けられないことには反対である。
ましてや県民の利益・利便性を考えなければならない知事であれば当然の反対だ。
ある道路が必要か不必要かを判断するのは難しい。
これまでの事例では交通量調査もあてにならず、交通量調査によって必要不必要を判断してよいのかと言う問題もある。
しかし、難しいからこそ政治で決めるしかないのである。
そして、政治で決めると言うことは、公開の場での議論によって決めると言うことなのである。
それを逃げてしまっては政治家は要らないといっているに等しい。
少なくとも前原国交相の機械的な方針では、何のための議会であり、何のための政治なのかと思うのである。
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