東北地方太平洋沖地震」カテゴリーアーカイブ

9・1「防災の日」に思うこと

南海トラフの地震津波が新聞紙上を賑わすようになってきました。
それらを総合すると、私が当初思っていたよりも千葉県に被害が出る想定です。認識を改めたいと思います。
いずれにせよ、阪神淡路、東日本など甚大な被害の地震が続き、私たちが取ってきた対応の検証を行うチャンスが来たと受け止めたいと思っています。
阪神淡路の後、私は二つの大きな対策がスタートしたと認識しています。
一つは、災害拠点病院の指定であり、今一つはDMATです。
これらが東日本大震災に際してどう機能したのかという検証は行われるべきでしょう。
災害拠点病院は、全県下に散らばっている必要があります。災害により交通が遮断されてしまうことが十分考えられるからです。
たとえば、3・11の時も東京以西の救援車両は東京を通り抜けることができなかったため大きな迂回を余儀なくされました。
なかには、東京を迂回して長野~新潟~山形という具合に東北に入ろうとして、今度は長野県東部の地震(大きな余震とも言えますが)により足止めを食らったチームが少なくありませんでした。
さらに、現実的な問題として災害拠点病院の耐震性が担保されているのかかなり心配です。
DMATの方はどうだったでしょうか?
阪神淡路と異なり、重症者が極端に少なかったという現実があるにせよ、動員については格段にうまくいったという印象を持っています。これは東日本大震災に限らず、中越沖地震のときの医療チーム出動数の多さでも見て取れます。
これは間違いなく、ここまでくる過程での日ごろの講習に始まり、毎年繰り返される訓練、そして医療チーム全体のモチベーションの高さの賜物です。
私は、こうした人たち(DMATに限りません)の日ごろからの頑張りにもっともっと目を向けて、評価される社会でなければならないと思っています。
熱しやすく冷めやすいというのは日本人のみの特性ではないのでしょうが、災害大国に住むものとしては日ごろからの敬意というものを大切にしないと災害対策の進化もないと思うのです。

大川小学校と地質履歴

津波に限らないことなのでしょうが、災害に対する知識というのは安全・安心に大きくかかわってきます。
3・11のような痛ましい悲劇を絶対に繰り返さないために、後世に語りつながねばならないことを明確にしておかねばと思います。
追波湾の河口から追波川(北上川)を4.5キロメートルさかのぼった大川小学校のこともつらいことですがその中の一つだと思います。
3・11以降、津波堆積物から過去の巨大津波を解明しようという動きが活発化しました。
もちろん産総研や北大等でかねてより調査されていて、私も北海道の津波痕跡について何年も前にレクチャーを受けたことがありました。
千葉県でもそうした調査を民間の立場で地道になさっている古山先生のような方もいらっしゃいます。
こうした調査が目に見えて脚光を浴びてきたことは、本当に喜ばしいことだと感じています。
さて先日、平川一臣先生(北海道大学名誉教授)からレクチャーを受けました。先生は津波痕跡の分野の第一人者です。
その平川先生のお話の中で、大川小学校の場所は繰り返し津波を受けてきた場所で、過去は湿地帯だったという指摘があり、これは重大な事実だと思いました。
つまり、今現在の地形を見て、ここは河口から何キロ離れているから大丈夫という見方をするのではなく、ここは過去は(大昔は)どういう場所だったのか、それが人為的か自然にかわかりませんが、この地質履歴を関係者が知っているかどうかが生死を分ける可能性があるということです。
現代は社会のスピードがあまりにも早く、数十年前の土地の姿すらわからなくなっているのが普通です。
土地改変のスピードや転出転入のめまぐるしさで、今の土地の姿がずっと続いてきたかのような錯覚に陥ってしまいがちです。
その意味からも地形の履歴を知る、これが地震や津波災害に対処する第一歩なのだと思いました。

「なめらかな滑り」なのか?「すべり残し」なのか?

いささか古い話ですが、昨年12月10日の公明新聞に地震予知連会長の島崎邦彦先生のインタビュー記事がありました。
私は、その日のうちに切り抜いて、今でも政治学習会用のバッグに入れて持ち歩いています。
実は、その中に非常に印象深い発言があるのです。
『北米・太平洋の両プレートの境界が広範囲にわたって最大50メートルも動きましたが、地震学者は、そうしたことが起こるとは考えていませんでした。』
『日本海溝付近のプレート境界の大きな滑りは「起こらない」という大前提が崩れてしまった現実を直視し、今後、長期評価の改善を図る必要があります。』
中央防災会議の南海トラフのその後の評価が予想できるような島崎先生のご発言です。
さて、本来起こるべきタイミングに海溝型の地震が起こらない場合、どういうことが考えられるでしょうか?
希望的な理由を考えれば、地震のエネルギーが発散してしまうような『なめらかな滑り』が起こったという見方です。
『なめらかな滑り』によって小さな地震が発生してエネルギーが使われてしまった。したがって、マグニチュード9のような巨大地震はないという考え方になります。
悪い方の理由は、『すべり残し』があったという見方です。
本来、滑るべき部分が全部滑ってなくて、すべり残しが生じる。そのすべり残しが少しずつ少しずつ溜まっていって、やがて一気に滑って巨大な地震になるという考え方。いわゆる『スーパーサイクル説』です。
頻繁に地震が起こっていた東北沖では、従来は巨大地震は起こらないと考えられていました。それが起こってしまったという現実は、もしかしたらスーパーサイクル説が立証されたのかもしれません。
私たちの千葉県沖の地震も本来起こるべきタイミングで起こっていないといわれています。また、東海地震も本来起こるべきタイミングで起こっていません。
これが『なめらかな滑り』によってエネルギーが使われてしまったものなのか、はたまた『すべり残し』によってエネルギーが溜まり続けているものなのかでは、まさに天地雲泥の差があります。
政治家の仕事はあくまで防災減災に努めることであり、原因の究明については地震学者の方々にお願いするしかありません。

東京湾の水門問題

3・11の反省の一つは、東京湾内の水門閉鎖が遅れた問題でした。24時間、水門に人が配置されていればいいのですが、そうでない水門がほとんどなのです。
3・11の地震では、発生から電話がつながらず水門を閉めるべき人に連絡が取れない、連絡が取れたケースでも交通渋滞などで水門までたどり着けませんでした。
そこで、遠隔操作によって閉めればよいということになります。ところが、言うは易くこれがなかなか難しいのです。
まず、どういう状態のときに閉めればよいのかという問題があります。
人を介さずに水門閉鎖が行われるためには緊急地震速報やJアラートに連動させる考えもあります。しかし、その信頼性は大丈夫でしょうか?
担当者がテレビやラジオで情報を得て閉鎖するという方法もあります。どういう状況の時に閉めるか意外と難しいことが分かります。
高潮でしたら天気予報などであらかじめ予想がつくのですが、地震はそういうわけにはいきません。
次に、どういうメカニズムで閉めるのかと言うのがまた難しい。
東京湾内には29の水門があり、そのうち人の手によって対応できるのが12だと言います。しかし、24時間体制なのは2つの水門だけですから本当はきちんと遠隔操作ができるのならすべてやってしまうべきなのです。
しかし、一つ一つ異なる水門に一つ一つ異なるモーターを設置して・・・と考えただけで頭が痛くなる事業です。
モーターが付いたら終わりではなく、メンテナンスなど維持管理も非常に難しい問題です。普段ほとんど使わない機械を常に万全に作動するように維持管理をするというのは至難です。
さらに、停電になったから閉まりませんでは地震の時に役に立ちません。どういう方法で閉めればよいのでしょうか?
私は、もし遠隔操作以外できちんと閉める方法があるのなら、そちらを選択する方が良い気がします。
3・11は私たちにこれまでなかった困難さを次から次へと突き付けています。そしてそれを乗り越えないと私たちの安全安心はないのです。

「プロメテウスの罠」から

現在も朝日新聞に連載している『プロメテウスの罠』が、学研パブリッシングから出版され、ようやく読むことができました。
新聞連載が始まった当初から、この連載記事は必ず本になると思っていました。
さて、読んでみて驚くのは原子炉のメルトダウンのみならず、この国の政治の中枢のメルトダウンでした。
首相官邸の動きだけを見ていても、菅さんの人脈に相当助けられているという印象です。むしろ菅さんの判断を少々見直したくらいです。しかし、それは取りも直さず日本と言う国の統治機構が情けないほど無能だということの裏返しに他なりません。
特に、強烈な印象を受けたのは第六章「官邸の5日間」の3月12日の夕方の首相官邸5階執務室でのやり取りです。
1号機の爆発の内容が分からない段階での菅総理、福山首相補佐官、枝野官房長官のやりとりはこんな具合なのです。

菅「東電や保安院から何も報告が上がってこないのはなぜなんだ」
福山「爆発の状況が分かりません。説明のしようがありません。会見を遅らせますか」
枝野「ぼくは行くよ。テレビで爆発の映像が流れているのに、会見まで遅らせたら国民の不安が大きくなる。会見はしますよ」
考え込んでいた菅総理が言います。「うん、やってもらおう」

ここから本文を引用します。
『枝野は午後6時前から、記者会見を始めた。
「福島第一原子力発電所においてですね。原子炉そのものであるということは今のところ確認されておりませんが、何らかの爆発的事象があったということが報告されております」(略)
記者からは原子炉本体が破損しているかどうか、再三問われた。
枝野は「分析を進めている」などと答えるにとどまった。』

何もわかっていない。そういう状態で記者会見を行い、何を言われても平然と同じことを繰り返せる。この神経であればこそいくらマニフェストが総崩れになっても平然としていられるのだなと思いました。
法律では総理が原子力事故対応の責任者となります。しかし、政治家は原子力の専門家ではありません。したがって、それを補佐する官僚がしっかりしていなければならないのは言うまでもないことです。ところが、官僚の側にも専門の知識を持った人がほとんどいないのです。原子力の専門家がいない組織が原子力を推進していたことの驚きと官僚機構のいい加減さをつくづく思い知らされた一書でありました。