真夜中の富士山

富士山が世界文化遺産に認定されるようです。世界に認められたということはうれしいことですが、あまり大勢の人が訪れるのは心配でもあります。

さて、私は一度だけ富士山に登ろうとしたことがあります。もう40年近く前の1977年12月11日のことでした。
その日突然、後輩のS君がやってきて、富士山に登ろうというのです。
実は昨晩、山仲間たちが富士山へ行くというのを八王子の駅で見送ったばかりだけではなく、登山靴をはじめピッケルやアイゼンなどの冬山装備も貸してしまっていたのでした。
私は乗り気がしなかったのですが、S君が装備は責任もって調達しますので行きましょう行きましょうというわけです。
結局、その日の最終電車で富士吉田駅に降り立つはめになりました。
駅前の登山用品店のご主人を説得して、ツケで足りない装備を調達して、夜の駅前の道を富士山へ向けて歩き出しました。
いわゆる登山道へ入るところに焼肉屋があり、そこで腹ごしらえをして、とりあえずビールを一杯飲んでいよいよ富士山へ向けて歩き始めました。
S君は富士吉田高校の出身ですから、この道は高校時代の登山マラソンの道だと言います。
真っ暗な草原?の遥か彼方に富士山が見えます。登山道と言いながら、山に登っているというよりもひたすら平原を歩いている感じです。S君は「富士山が見えなくなったら登りになります」と言います。また「富士山の真ん中にポツンと光が見えるでしょう。あれが5合目です」と言います。
借り物の登山靴ですでに靴擦れによる痛みに耐えている私には気が遠くなるほどの距離に見えました。
やがて、足元に河口湖の光が見え始め、確かに昇っている実感がわき始めるといつしか積雪の道になっていました。
真夜中の富士山を登り通して、朝6時ごろに5合目につきました。その後、8合目まで登って落石がひどくて登頂は断念しました。
そんな薄っぺらな富士山との出会いでしたが、これまでの登山経験のなかで、冬の真夜中の遥か彼方の真っ黒な富士山の姿は決して忘れることがありません。


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