何度も死にかけたことがあります。
中学時代から山登りをしていましたので、三つ峠のロッククライミング中に激しい雷雨にあったこともあります。積雪期の北アルプスで数百メートル滑落したり、南アルプスの激流に2度落ちたり、「もうだめか」「とうとう死ぬのか」と思ったことは幾度もありました。
基本的に私が一人で登る「単独行」をしていたのは、他人様の命を預かる責任の重さに耐えられないからでした。
ところが、岩登りや本格的な雪山となると一人では登れません。そこにジレンマが発生します。
誰かと登らなければならない。自分一人が死ぬのならともかく他人を巻き添えにしてよいのかというジレンマです。
大学山岳部と社会人山岳会の経験がありますが、両者は全く異なります。
社会人ならお互い大人同士だからという言い訳ができますが、大学生はそうはいきません。
他人様の大事なご子息やお嬢さんを危険にさらすわけですから、それこそ万一の時にはおめおめと生きて下山しようなどと言う気にはなれません。
さて、登山中に天候が悪化し、リーダーとして進退を決断しなければならないことがしばしばあります。
相手は大自然ですから、所詮人の能力などたかが知れています。その山に登れるかどうかは、人の能力よりも天候に左右されるのです。厳冬期の鹿島槍でさえ、天候に恵まれれば初心者でも登れてしまうことがあるのです。
撤退を決めるときに何が一番厄介かといえば、メンバーの気持ちなのです。
「せっかくお金と時間を費やしてここまでやってきて登らずに撤退か!」というメンバーの気持ちにどう折り合いをつけるかなのです。
私も初めて谷川岳の岩登りに勢い込んでやってきたときに、岩に触れるはるか以前に、リーダーが「今日は登れない。これから帰る」と言った時の落胆は忘れられません。
夜行列車に揺られて土合に着いて、「まだマチガ沢の出合ですよ!それをもう帰りますか!」と言いたい場面でした。
しかし、リーダーが「この場所でこの積雪量では登るなというのがうちの会の掟だ」ということで撤退しました。
うちの社会人山岳会は何人もの犠牲者を出しながらこうした掟が出来上がっていました。
進むか撤退するか、私をはそれを決めるときに『一人ならどうするか?』を問いかけます。
人は、仲間が多いと客観的判断ができなくなります。人数に頼んで蛮勇を出すこともあれば、他の人間に弱みを見せられないという心理も働きます。
だから、「一人では登れない」と思ったら人数が何人だろうが撤退するしかないのです。私はいつもそういう判断をしています。
東庄町で起こったボート転覆事故は、指導者も生徒も大勢いました。
もし周りに誰もいない状況だったら、果たして一人でボートを漕ぎだしたでしょうか?
それは、現場にいなかった私にはわかりません。進むか撤退するかは本当に難しいその人の真の力量が問われる決断なのです。
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